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東京地方裁判所 昭和59年(ヨ)2378号 決定

申請人

小安裕吉

申請人

五十嵐誠司

申請人

松崎茂

申請人

吉田理

申請人

木下智守

右申請人ら代理人弁護士

岡田和樹

外二一名

被申請人

新興サービス株式会社

右代表者代表取締役

板倉豊文美

右代理人弁護士

高橋英一

外七名

主文

一  被申請人は、申請人らに対し、別紙賃金目録(略)(一)記載の金員及び昭和五九年一二月以降本案第一審判決言渡しに至るまで毎月二八日限り別紙賃金目録(二)記載の金員を仮に支払え。

二  申請人らのその余の請求を却下する。

三  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

一  本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められ、右認定に反する疎明はない。

1  申請人らは、被申請人会社(以下単に「会社」ともいう。)の従業員であり、昭和三七年一〇月に結成され、昭和五九年八月総評全国金属労働組合に加盟した同組合東京地方本部新興サービス支部(以下「組合」という。)に所属する組合員である。

2  会社は、昭和五九年一〇月二四日、申請人らに対し、同月二五日付けで別紙配転目録記載のとおりの配転を行う旨発令した(以下「本件配転命令」という。)。

3  組合は、本件配転命令の撤回を要求して、同年一〇月一一日から同年一一月一五日までの間前後八回にわたり会社との間で団体交渉を行う一方、申請人ら五名に対し同年一〇月二五日以降ストライキに入るよう指令し、同月二三日会社に対してもその旨の通告をした。申請人らは、右指令に従いストライキを実施し、本件配転命令による新任地への赴任を拒否した(以下「本件ストライキ」という。)。

4  同年一〇月一一日、同月一五日、同月一八日、同月二三日及び同月三〇日にそれぞれ行われた団体交渉においては、組合は本件配転命令の全面的な撤回を主張したのに対し、会社はこれを真向から拒絶し、何らの進展もなく物別れに終っていたが、同年一一月六日の第六回団体交渉において、組合は、条件次第では申請人木下智守の函館駐在所配転の件を除き、他の申請人四名については配転命令による新任地への赴任もあり得るとの姿勢を示し、これに対し会社は、申請人らのうち本件配転の結果主任職を外されることになる者については、従前支給されていた月額金三〇〇〇円の主任手当に相当する金額を何らかの形で支給するよう配慮するが、それ以外には譲歩することができない旨回答し、交渉内容はわずかながら実質化したものの右以上の進展をみなかった。

5  組合は、同年一一月九日の団体交渉を経て、同月一五日の第八回団体交渉において、組合の妥協案を整理明確化し、(一)申請人木下を除く申請人四名については、労働委員会等において本件配転命令の効力を争う権利を留保した上、同月一九日以降ストライキを解除し、配転命令に一応従い新任地において就労する、(二)申請人木下については、本件配転命令の効力を留保し、労使の交渉を継続する旨の提案をしたが、会社は従前の態度を変えず組合の提案には応じられない旨回答し、組合からの団体交渉継続の要請を拒絶して一方的に交渉を打ち切る旨通告し、同時に、本件配転命令に従わなかったことを理由として、申請人ら五名を同日付けで懲戒解雇に付する旨表明し、その後申請人ら各自に対し、その旨の通知をした(以下「本件懲戒解雇」という。)。

二  右認定事実によれば、本件ストライキは、組合が本件配転命令の撤回を要求して会社との間で団体交渉を行う一方、右交渉を有利に展開し、会社からの譲歩を引き出すことを目的として、組合の指令に基づき申請人らにおいて本件配転命令による新任地への赴任を拒否するという争議手段をとったものであって、目的においても、手段においても、正当な争議行為というべきである。

そうだとすると、申請人らが本件配転命令に従わなかったことは、組合の正当な争議行為として行われたものであるから、申請人らの右所為は、会社が本件懲戒解雇の理由としてあげる会社の就業規則四七条(従業員は正当な理由がない限り会社の配転命令等に従わなければならない旨の規定)に違反するとはいえず、また、会社の指摘する同規則六七条(業務命令違反等懲戒事由を定めた規定)及び七三条七号(従業員に不都合な行為があったときは懲戒解雇する旨の規定)にも該当しないものといわなければならない。

したがって、本件懲戒解雇は被申請人会社主張の就業規則にその根拠を求めることはできず、他にこれを首肯すべき事由につき主張疎明のない本件においては、何らの理由なく行われた無効のものという外はなく、申請人らは依然として被申請人会社の従業員としての地位を有するものというべきである。

三  本件疎明資料によれば、申請人らは、毎月、前月二一日から当月二〇日までの賃金を当月二八日に支給を受けるものとされ、本件懲戒解雇当時申請人らの賃金月額は別紙賃金目録(二)記載のとおりであること、なお昭和五九年一一月分の賃金については別紙賃金目録(一)記載の金額が未払となっていること(被申請人会社が本件ストライキ期間につき申請人らの賃金を削減するに当たり、その対象を諸手当を含むすべての賃金としたことは相当でなく、申請人らの賃金については、その内容に鑑み本給のみが削減の対象となるものと解すべきである。)が一応認められる。

四  そこで、保全の必要性について検討する。

1  本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められ、右認定に反する疎明はない。

申請人小安裕吉は、妻と乳児一人の家族とともに家賃月額金四万七〇〇〇円の公団住宅に住み、会社から支給される賃金のみで生計を維持してきた。

申請人五十嵐誠司は、妻と長女(九才)、長男(七才)の家族とともに家賃月額金二万円の民間アパートに住み、妻は家計を助けるため経理関係の事務職員として働き、月額金一二万円程度の収入があるが、生計の維持には右収入のみでは到底足りず、同申請人の賃金が不可欠である。

申請人松崎茂は、独身で、老齢の母親及び兄と同居しているが、同申請人の生計は会社から支給される賃金のみで維持してきており、同居者からの扶養を期待することは困難である。

申請人吉田理は、妻と男児一人(八才)、女児二人(六才と四才)の家族とともに家賃月額金五万八〇〇〇円の民間アパートに住み、妻は月額金一〇万円程度の収入が得られる仕事に従事しているが、生計の維持には右収入のみでは到底足りず、同申請人の賃金が不可欠である。

申請人木下智守は、独身で、兄弟姉妹四人と共同生活を営み、各人がそれぞれに生活費を負担しているが、同申請人には貯蓄が全くない上、同居者からの扶養を期待することもはばかられる事情にある。

右事実によれば、申請人らのため被申請人会社に賃金の仮払を命ずる緊急の必要性があるものと認めるのが相当である。

もっとも、申請人らは、本案判決確定に至るまでの仮払を求めているけれども、本案訴訟の第一審判決において被保全権利が認容されれば、通常仮執行宣言を受けることによってその目的を達し得るから、それ以後の仮払を求める部分については保全の必要性を欠くものというべきである。

2  申請人らは、また、労働契約上の権利を有する地位を仮に定める旨のいわゆる任意の履行に期待する仮処分をも求めているところ、本件疎明資料によれば、申請人らは、申請人小安裕吉が組合の執行委員長であるのをはじめとして、組合の重要な構成員であり、本件懲戒解雇により組合活動に少なからず支障を来していることが一応認められるが、このような組合活動の権利は、従業員の地位に当然に伴うものとは解されないから、申請人らの蒙る組合活動上の支障をもって申請人らの前記地位を保全すべき必要性があるものと認めることはできず、外に賃金の仮払を命ずる以上にかかる仮処分を発すべき特段の必要性も認められない。

五  よって、本件仮処分申請は、主文第一項の限度で理由があるから、事案に照らし保証を立てさせないでこれを認容することとし、その余は失当として却下し、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 大谷禎男)

配転目録

〈省略〉

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